●町で見かけたよ。ちょっとした気づきを書きました

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2017年03月01日(Wed)▲ページの先頭へ
早起きは・・・・
毎月一日は浅草寺境内を清掃する。

朝の勤行に参加して後おもむろに参加者各々の判断で境内に散る。

三十年近く前は、1周りすると結構チリトリがいっぱいになるほど多かったゴミも、本日の収穫は何かの商品に付いていたタグの紙切れが一片のみ。

お巡りさんや消防士さんと同じ理屈で、働きがいがない方が平和なのだと理解する。

ま、誰も汚さないから綺麗なのだと理解したいが、僕らが掃除にかかる前にお寺の清掃担当のおじさんたちが、夜も明けぬ前からせっせせっせと頑張っておられる縁の下の働きがあるというのが答えなのだが・・・

人間は、あればあったで文句が出るし、なければなくて、肩透かしを食ったようで力が出ないと文句を言いそうになるもののようだ。














終わるとちょっと喫茶店に寄って世間話をして帰る。
ひと回りも、ふたまわりもの先輩たちと気軽に話す機会はなかなかないので楽しい。

最年長者の一人のS氏の横に陣取った。
昔話が楽しい。
「情けは人のためならず」とひょいと出た。

氏が四十年以上も前に湯島にある焼き鳥屋に友人たちと通っていた話し。

焼き鳥をついばみながら、旨い酒を飲みながらひょいと横を見ると、貧乏学生だろう数人のグループが二本の焼き鳥を、大切そうに串から抜いて皿にとっているのが見えた。

氏は不審に思い、声をかけた。

「お兄ちゃんたち何してるの?」

「はい。金がないから、みんなで分けているんです」

義侠心篤き氏は、大皿いっぱいの焼き鳥と焼酎を注文し、彼らに振舞った。


「浅草のSさん、店に来ているか?」
誰かが店に何度も足を運び斥候に行く。

彼ら貧乏学生どうしの合言葉と行動になっていった。


「りっぱになれよ」
振舞うたびごとの氏の口癖だった。


時は流れ一昨年、突風に吹き飛ばされた末に頭を打ち脳挫傷で氏は緊急入院した。



意識を取り戻したS氏に彼は「私を覚えていますか?」

の質問に答えかねた。


「昔お世話になりましたKです」

搬送先の病院で氏を迎えてくれたのは、かの貧乏学生の一人K氏だった。
しかも外科部長の要職についていた。

・・・・・・・

小説より奇なり。。。
「こんなことがあるんだよ」

めぐりめぐることを涙目で話してくれた。


2016年12月31日(Sat)▲ページの先頭へ
大晦日
浅草寺境内は年の瀬にかかわらず人でごった返しています。

20年前は、静かになったものですが・・・










関係なくはないのだ。
さ、お店に帰って正月の支度をしなくちゃ・・・・


2016年12月07日(Wed)▲ページの先頭へ
久しぶりにちょっとそこまで
ずいぶん久しぶりになる。

以前は月に二回は細々した販売用の小物を買いに来ていた浅草橋。

最近はドーンと構えて出かけることはない。
ネットでなんとかなることもあるが、出不精になったといえばそのとおりかも知れない。

御徒町にも足を伸ばさなくなったし・・・

行くと余計なものを買っちゃうという悪い癖が出てしまうこともあるかな。

しかし行かないと空気が見えない。そう今の空気というのは五感で感じるものなので、パソコン画面からはどんなに工夫してもガラス板一枚分空気を感じることはできない。

正月も近いことから・・・ん?クリスマスがあるだろうって?

残念でした。

浅草にはクリスマスはありません。

で、20年選手の自転車を駆ってスイーっと出かけた。

しかし、今はクリスマス用品まっ盛り。

正月用品はほとんど肩身の狭い姿でしか見ることはできなかった。

肩透かしをくって帰る途中、厩橋(ウマヤバシ)脇にて、懐かしい可愛らしい声が団体さんで響いていた。

チュンチュンチュンチュン・・・・

よほど見かけなくなった雀の大合唱。

お!ここか・・・

どこかって?

ここですよ。



え!まだわからない?



ね。

他にもどこか生垣に隠れてチュンチュンチュンチュンチュンチュンチュン・・・・


2016年09月15日(Thu)▲ページの先頭へ
どんどん変化する・・・
花川戸に住んでいた時にはあまり感じなかった。
いやがおうにも弁天山の鐘の音は間近に響くし、浅草寺の境内を通って行くのが一番安全であり、便利なこともあって、繁華街というより寺町のど真ん中にいる気がしていた。

雷門に引っ越してからは、昔からの大店(おおだな)のあった土地柄か雰囲気はまるで違う。

たった、500m圏内の話なのに町の空気は異なっている。

引っ越したばかりの頃は、花川戸の空気を吸いに馴染みの店に、てくてく歩いて行ったものだが、慣れてきてくると少々足が遠のく。

だから無理してでも言い訳を絞り出して、寺を歩くことにしている。
(まぁ早朝は毎朝隅田川沿いを走ってはいるのだが・・・)

そんなわけで、足繁く通っていた頃と違い、ちょっと見ないうちに通りの様子や店の入れ替えが恐ろしく変化していることに気づかされるというわけである。


浅草寺境内は半分以上が外国人。





浅草寺裏のイチョウの木は元気良かった。

ずっと以前、お預かりしていた古仏壇をこの場所で「仏壇供養」させてもらった。
30台の仏壇をお焚き上げしたのだが、思いのほか火力が強く、このイチョウが本堂を守ってくれて火の盾になった。もうできないだろうな・・・



あれ?こんなところに親父さん。




2016年08月30日(Tue)▲ページの先頭へ
台風の置き土産・・・


契約の虹かな・・・(^O^)


2016年07月24日(Sun)▲ページの先頭へ
たまには・・・
「浅草のそら」ならぬ、「東京のそら」です。

スカイツリーと東京タワー両方が写っていますよ。。。





見えない?


スカイツリーは向かって左の奥です。





東京タワーは右の方


増上寺の裏手の丘の上に立つ東京タワーは、以前は周りに何もなかったから一人勝ちだったんですけどね・・・

今はビルの合間に隠れています。

鉄塔よりビルがその高さにそそり立つ時代になってしまったのですからね。。。




2016年07月09日(Sat)▲ページの先頭へ
今日明日とほおずき市です
浅草の今日はほおずき市です。

天気予報では雨。

午後からは激しい雨に見舞われるといいます。

小雨ぱらつく中でしたがいつもと変わらず、隅田川ラン。川の中を走るわけではありません。

駒形堂から走り始めて駒形堂にたどり着くのがいつものコースですが、今朝は浅草寺に寄り道をすることにしました。

走り初めよりも雨足が気になる様相となってきましたが、ほおずきの鉢を忙しく運ぶ人の波に若干ほっとしたTONでした。

が、まだまだわからぬ・・・どうなるものやら。この天気。


雷除けのお守りもでかい!





スカイツリーも境内とようやく馴染んできましたね。







宝蔵門前が一番雰囲気がありました。




さ、あすは四万六千日の本番。

どうなりますやら・・・・




2016年06月24日(Fri)▲ページの先頭へ
日本橋中洲に歩く
取引先であり友人の日本橋の仕事場にママチャリで出向く。

以前は蛎殻町にあったものが移転し箱崎町に移ってまだ一度も伺っていなかったので、資料を送れば済むところ、仕事の依頼をしに出向いてみた。
足には自信があるとはいえ人の自転車ほど乗りにくいものはなくあれ?こんなに遠かったっけと感じた。朝のジョギングでは、両国橋まで来ているのに、「遠いーー」なんて感じたことはなかったのに・・・自転車の足でなくなっちゃたんだなぁと市松の寂しさを感じつつ歩を進めた。

途中iPhoneの地図で行き先を確認すると、なんと中洲を通る。

TONは以前、時代小説を読んでいて中洲という地名を目にした時から、勝手に妄想を膨らまして現代はどういう場所なのかと密かに伺う機会を探っていたのだった。
ワクワクしながらその街に入った。

神社や寺、時によっては墓地を探るのがその町の空気を嗅ぐには都合が良い。

今ではエアーシティーターミナルですっかり風景が変化してしまった箱崎近辺だが、江戸の昔は月見の名勝地と謳われたところという。湾岸の高速道路下には箱崎川という川がありそこに架かる菖蒲橋(跡)を渡れば、中洲となる。



もともと隅田川下流の中洲を明和8年(1771)に埋め立てられ浜町と地続きになり、芝居小屋や水茶屋などの歓楽街に変貌する。
絵の中にある葦の原の中洲が松平定信による寛政の改革(寛政元年(1789)で全て打ち壊されてしまった後の中洲にあたる。当時は三ツ俣と呼ばれていた。

それにしても街として成立していた繁華街をもとの中洲の状態に戻してしまうとは・・・

明治に入り再び埋め立てられ中洲町として栄える。

船玉金刀比羅宮もその時点で建立されているが、関東大震災時に灰塵に帰したようである。



記念碑には・・・
 中洲は江戸時代隅田川の浮洲なりしを明治初年に埋立て此の地に船玉琴平宮が祀られ産業振興の神として広く崇められたり。しかし惜しくも大正十二年関東大震災の為に烏有に帰し再建の機運に至らざりし所、湯浅勘次郎氏の夢枕が機縁となり同志相諮り此の地を卜して四国琴平宮の御霊を遷座奉祀し広く繁栄の守護神として茲に建立し奉る。
 昭和二十九年十二月吉日

とある。
湯浅勘次郎氏がどういう方なのか分からないが、少し調べてみたがほとんど資料は見当たらなかった。唯一該当するのか分からないが、戦時中の日本船籍の船主の名前に同名があり、海の守りに欠かせない金比羅さまという神様と関係があってもおかしくないことから、篤信者の同氏の夢枕にあらわれたのかなと想像してみた次第。

神社を囲む玉垣には料亭や割烹の屋号が並んでいて土地の興りがそこはかと感じる。






東京の町は本当に面白い。


江戸をそこここに置き去りにしているのだ。



2016年06月07日(Tue)▲ページの先頭へ
墨田区も歴史を感じるね・・・
お客様のところに行く道すがら、墨田区大平町の寺町を通り抜けた。

震災ととくに空襲でみーんな燃えてしまって風情はなくなったのだろうけれど、それでも門前が整っていると、それなりに寺町を感じることができる。


惜しむべきと言えばよいのか、斬新といってよいのかわからないがここでもスカイツリーの姿がしかと望める。



ふ〜ん鬼平犯科帳の舞台にも登場した由緒あるお寺ですか。。。?
「由緒ある寺」は「豊臣秀吉公、徳川家康公も立ち寄られた」を修飾する言葉かな・・・

大田道灌の時代からのお寺で、もとは山号にもなっている「平川」のふもと、つまり江戸城近くにあったということらしい。何度かの変遷を重ね元禄二年(1689年1月)今の地に落ち着いたと寺歴に書いてありました。


立派な三重塔もあり境内はきれいに掃き清められていた。







塔頭と思われる寺院も門前に。








そうっかぁ。。。

鬼平も歩いた道ってことだね。あれは何巻だったっけな。




さらに歩を進めて北砂。
戦災記念館があります。

一度来たかったのだが、こんなときでもないとと思ったら・・・休館。

そ、博物館は月曜日は通常どこでもお休みですね。



またの来館を楽しみに帰路につきました。


ん?お客様のところは・・・・?




2016年05月27日(Fri)▲ページの先頭へ
水上フェスティバル


何年目になるのだろう・・・

もともと浅草は水都。
一時はカミソリ堤防と水質の悪化で大きな下水路と様変わりして、人の記憶と足は水辺からどんどん離れていった。

でも川を大切にしない都市が栄えた試しはない。

人の生命を、記憶を、愛着を生み出す水の流れを取り戻していくものは、そこから復活の道が見えてくる。

水都、浅草なのである。





2016年05月13日(Fri)▲ページの先頭へ
今日から三社祭り







今日から祭りに入る。
本格的に神輿が町内を巡るのは明日からなのだが、関係諸団体への挨拶回りが始まる今日という日が、実質的な祭りの始まりとなる。

普段の観光地が一色、江戸の空気に衣替えするのだから実に面白い。DNAの成せる業とはこういうものなのだろうと思う。

股木提灯は町のあちこちの通りの空中を賑わしている。
あいにく自分たちの通りには今年は出ないが、神酒所が造られ高張提灯に火が灯ると、嫌が応にも情緒を醸し出す。これが世界の都市TOKYOかと外人の目を釘付けにすることだろう。








ぼくは見てるだけなのさ・・・・


2016年05月01日(Sun)▲ページの先頭へ
今日から五月・・・・・といえば。
五月に入りました。

一日は、通常は靖国参りの日なのですが、今日は朝から浅草寺の掃除の会、九時からは商店会の掃除の会と続くので、泣く泣く九段まで足を延ばせませんでした。

日曜日だと本殿の昇殿参拝、遊就館を見学して帰り道、骨董市が開かれているので覗きながら冷やかすのだけれど・・・残念。


浅草は、急に町全体が変化します。

そう・・・三社祭りです。



「お祭りモードになっちゃったからね」と六時からの浅草寺の勤行にも半袖で参加するメンバーもいるくらいです。まだ肌寒いでしょうに。












2016年04月06日(Wed)▲ページの先頭へ
花散らし・・・まだまだ


桜たちは、散っていません。

いまこそ本当の満開です。








うるさい酒飲みはいないし
はと君(失礼ね!あたし女の子よ)たちも満開の桜を背景にのんびり日向ぼっこです。



2016年02月19日(Fri)▲ページの先頭へ
景色
浅草寺を横切って川手に出ようとすると・・・

正月でもないのに、華やかな色合いが人ごみに映える。




本堂側を望むとそこにも。



この寒いのにコートもなしで振り袖姿。

あ〜〜〜

なるほど。これがレンタル着物なのだ。


しかし、、、、同じモンゴロイドの顔だけにわからないなぁ。。。

最近は歩き姿も教えられるのかもしれないが、しゃなりしゃなりと日本人の娘さんを凌ぐおしとやかな所作の方もいらっしゃる。

う〜〜〜〜ん。日本がんばれ。

でも、、、レンタル会社、ショールくらい貸せないかな。。。

TONが誤ることではないにせよ、申しわけなく思ってしまう。

「キモノサムイ」ってことになりはしないのかっ!



2015年05月25日(Mon)▲ページの先頭へ
東京の中の江戸
早朝から雷門前が騒がしい。

窓を開けて見渡してみるといくつもの纏(まとい)が目に入る。



そういえば毎年三社祭りが終わったあたりに消防の式典があったのを思い出しネットで調べてみた。

消防殉職者慰霊祭が浅草寺で行われる。
(11時式典 12時梯子乗り・纒振り演技)
http://www.edosyoubou.jp/
江戸消防記念会のホームページ


大都会東京の中の江戸を見た思いだ。




2015年05月16日(Sat)▲ページの先頭へ
三社祭り始まる
いよいよです。












2015年05月15日(Fri)▲ページの先頭へ
いよいよ本番


わが町会の神輿。
この日しかお目にかかれないからしっかり見ておこう。。。

四十数年ぶりに本社神輿を氏子だけで担ぐのだとか。

正常化していく。
もともと氏子による奉賛の祭りなのだから当然といえば当然。





2015年05月04日(Mon)▲ページの先頭へ
看板猫
最近あちこちで看板猫という新ジャンルが流行している。
浅草は招き猫の発祥の伝説のある土地柄のためか、猫を愛する人々が多い。

知人にも野良猫を引き取っては空いている自宅を開放して最多で20匹近くのニャンコの館としていた(土地価格の高い浅草で・・・)人がいる。

毎朝走る隅田川のあたりにも野良猫たちが多く生息しているが、貧相な(顔は別にして)ニャン顔をした奴は一匹たりともお目にかかることはできない。

みんなコロコロしてのさばっている。


近所のギャラリーefという蔵のある芸術集団かと思わされる喫茶店の看板猫が一昨年のクリスマスを過ぎた頃に亡くなった(猫仲間の共通語としては虹の橋を渡ったという)。


飼い主はもちろん悲しんだ。
が、そこは芸術家魂のあるご主人のことで、哀悼の気持ちを一冊の本にまとめた。

 



昨日、時間の合間に哀悼本というべき銀次郎くんの本を買いにfまで伺った。




なんと新店長がお出迎えしてくれた。



ありがとうにゃ・・・

とでも言いたげな表情だった。と添えておくことにする。


当店にはなぜか看板猫は縁がないようだ。


豚(TON)がマスコットとなっているせいだからなのだろうか・・・
猫も遠慮しているように拝察する。。。




2015年01月20日(Tue)▲ページの先頭へ
風景が変わる・・・


TONがよく行く喫茶店。

今時のカフェではどうも自分には似合わないし、なんたって腰が落ち着かない。

だから昔ながらの喫茶店が行きつけとなる。

ここは東参道の入口近くの古い喫茶店。家族で経営している。昼の二時まではランチ扱いになるが、僕には何時に言ってもランチ扱いにしてくれる。

そんなことで嬉しい原因もあるけれど、昔ながらの人情がそこにはあって、ぼくの席も決まっている。
マスターやママの顔を見ること、そして後味のさっぱりしたコーヒーがそこでしか味わえないので無理をしても足を延ばしてしまう。

以前は、ランチの時間ギリギリまでサラリーマンで混んでいて、相席で肩を触れながら、ざわざわとした喧騒さと熱気が漂う喫茶店だった。それでも懲りずに通いたくなるのだからね。


店の回りは靴の問屋ばかり。大小メーカーやハンドメイドの店、靴作りの職人たちそんな人たちが息抜きにどっと繰り出してそれなりに賑わっていた。

ぼくのお気に入りの窓際の席につくと靴問屋が軒を並べていた。

問屋ゆえに面白くもおかしくもない風景だったのだが、ごちゃごちゃした雷門前の風景に慣れた目にはそれなりにほっとしたものだった。

正月の慌ただしさで、自分の店から出ることができなかったので久しぶりにおいしいコーヒーが飲みたくて足を延ばしてみた。二ヶ月を優に超えて足が遠のいていた。

店に入るとすぐに定位置に付いた。

ん?何か違う。違うよ・・・
なにか落ち着かない。

あ!

風景が違う。

靴屋がみーーーんなやめてしまったのだ。

その代わりに中国人相手とおぼしきノータックスの土産物屋が軒を連ね始めていた。

経営者が日本人ではないということも驚かされた。




2014年10月09日(Thu)▲ページの先頭へ
ショッカーはどこにいる
浅草はいいところだ。

安心して住める街なのだ。


だって・・・・


仮面ライダーが守ってくれるんだから!!




2014年07月26日(Sat)▲ページの先頭へ
花火大会点描
毎朝の日課は頭も冴えないうちに勝手にランニングしてくること。
とにかく外に出てしまえば足は前に一歩出るもので、よう続くねと呆れ半分の声にもめげないのは、人の活動する前の静寂な東京はそれでも雑踏とはかけ離れた別世界にひかれるからにほかならない。

気持ちのいいものである。
53歳から始めたのだからまる5年ということなのだ。
走る楽しさに気がついた時には老の域に若干足を突っ込んでいたこともあってちょっと無理をすると腰、膝、肩、肘・・・とあらゆる箇所を故障するという産物はどうにも手がつけられない。

今朝も本能のままに着替え走り出すと朝焼けに気分爽快。
写真からは伝わらないけれど熱風に呼吸もままならない。けれど微風が心地よし。



本日は隅田川花火大会。
その下見に川沿いの調査を兼ねた。





墨田区側はこんな状態。


最近ようやくマスコミに取り沙汰されたせいか場所取り用にとガムテープの陣地取りの道路表示はわずかで、代わりにブルーシートコロニーが出現していた。

そろそろ一等地は区分けして抽選扱いにしたらどうなんだと行政の遅さに腹を立ちながら走った。

白鬚橋を回って台東区側を走ると・・・ん?

もとの山谷堀から下流の堤防通り(川の管理道路)は通行禁止。
はれ?


以前は場所取りで一番汚くなる場所だったのだけど・・・
こういう対策に出たんだね。出ざるを得なかったのだろうか。

しかたなく公園内を走ることにする。



いやはやご苦労様でございます。
桜の季節ならきもちよかったけどね。
一昨日から場所取りしていたのも3グループは目にしていたけどやはり当日だけのことはある。
熱中症にならなければ良いが・・・

くれぐれもお気をつけあれ。




2014年06月11日(Wed)▲ページの先頭へ
いったい・・・・
朝、我が店の大事なお客様のNさんが店を訪ねてくれて

「知ってます?」

と開口一言。
携帯の写真を見せてくれた。

そこに写っていたのは・・・台座から落とされた青銅の座仏。
実に哀れな姿である。

「どこの?」と聞き返すと「御影堂近くの」という。

(形からTONは二尊仏と勘違いしたのだが)


なにーーー!
とばかりに現地まで急行したのだった。


千日仏








あとで聞くと一人はすでに逮捕されたという。

最近の海外に運ばれる日本の盗難仏像のことなのか・・・
単に金属欲しさでやった蛮行なのか・・・
1万歩譲って貧しさからの犯罪とあきらめたとしても、付近に併設されている地蔵尊など石像群までもが哀れにも粉みじんに砕かれていた。
このことにはどうしようもない心の貧しさを覚えて虚しくて悲しくてどうしようもない。

ここ浅草寺の境内に、佛を彫り御堂を建て祀った篤信者の心、発願の経緯は・・・そんな発心を貶める行為。

心貧しい僅かなものたちによって、その誠心が貶められねばならないのか。。。
なんだかやるせない気持ちでいっぱいになる。





2014年05月17日(Sat)▲ページの先頭へ
三社祭り
今日から三社祭りの動的祭事です。

今日明日はとてもじゃないけど外を出歩くことはできないので、神社と町の空気を吸ってきました。
祭り囃子が風に乗ってくると、血が騒いで仕方ないのですが・・・





二天門側から見るとそそられる風景です。



神輿庫も開けられて明日活躍する宮神輿がそっと息を潜めています。



浅草神社も祭りの熱気が・・・






被官稲荷への参道奥には花一(花川戸)の神酒所が。
以前はここに通っていたのです。



日頃お世話になっている頭も顔を見せてくださる。


2014年04月19日(Sat)▲ページの先頭へ
浅草流鏑馬
浅草には、江戸時代三十三間堂があり通し矢が行われていたことは意外に知られていない。

流鏑馬は本来神事であることから、神社と切っても切れない漢検にある。

ここ浅草でも浅草神社にてお祓いを受けてから場所を移動し大川端(隅田川)にて行われる。

午後一時より隅田公園にて開催。

木漏れ日で桜の陰が気持ちいい季節。







春の桜の宴会場は神事の馬場に変身する。




おうまたちも今が出番と緊張?・・・・していないね。











2014年03月22日(Sat)▲ページの先頭へ
猫のびるの春
TON店長の朝ジョグのホームコースは隅田川沿いの両岸。ここを行ったり来たりしながら調子の良かったときは10km、歳のせいなのか走れば走るほどどこかに故障を起こすので毎日走っていたがの一日おきになり二日おきになり、月に180km平均から50kmへガタ落ちしてしまっている情けない状況にある。もう少し若いうちに走る楽しさを知っておけばよかったとつくづく思う今日この頃なのだ。でもいつか自転車で四国を走ること、ヨーロッパを走ることは諦めていないTONなのである。

脱線してしまったが、そういう状況の朝ジョグであるが、四季折々の風を受けることと、川面の色、堤防沿いの風景は、心をこよなく癒してくれる。

浅草の間近にあって、けっこう自然の息吹を感じさせてくれる。



ね。




ね。


おまけ。
宿無しチビはお日様の光をうけてゴーロゴロ。


2014年03月10日(Mon)▲ページの先頭へ
東京大空襲
やたらと早くに目が覚めてしまったので朝ジョグに行くことにした。

今日三月十日は東京大空襲の日。
69年前の本日の未明に東京は特に下町一体は猛火に焼き尽くされた。

最近の資料では30%以上が二十歳以下の犠牲者が多かったのだそうだ。

そういう神妙な気持ちも手伝ってか、毎年三月十日は目が早く覚めて管内を回っている。

今日もそうだ。じつは三年前のこの日もそうだったのだが・・・


隅田川沿いは、桜まつりの準備の小屋掛けもすでに終了していた。

桜を待つばかり。


両岸ともに桃色に染まるのも時間の問題か。





言問橋脇に建つ東京大空襲殉難者の碑


慣れてすぐに摺りよってくるキジネコ。
こういう特別の日故だろうか碑をいつも守っているのかな。そんな思いにさせられる。








一輪のカーネーションが落ちていた。
やけに印象的だった・・・


2014年02月23日(Sun)▲ページの先頭へ
大東京マラソンなのだ
今か今かと毎年いつも待ち望むのは、車椅子ランナーの選手たち。




こともなげに過ぎていく。





世界の一流選手たちのトップ集団が通過する。


彼らに30km地点あたりで車椅子ランナーのうち遅いメンバーは追い抜かれる。
その辺が回収されるポイントになっています。非情だと思う。


カネゴンが通過する。




どこかのユルキャラが通過する。




大東京まらそんだなぁ。。。。




2014年02月19日(Wed)▲ページの先頭へ
ご縁日
今日19日は駒形堂、正しくは駒形堂にお祀りされている馬頭観世音菩薩のご縁日です。

駒形堂は浅草寺に祀られている聖観世音菩薩が浅草浦(隅田川)から掬い挙げられて上陸した土地に建つお堂で地元では、雷門の町会がずっとおまつりしてきています。

雨でも雪でも毎月19日のご縁日には、こうして浅草寺の塔頭住職が輪番で法要を執り行います。




ちなみに、駒形堂のもともとの位置は、関東大震災までは駒形橋のかかる浅草通りの真ん中あたりに位置していました。しかも南向き(今は西向き)。さらに以前は東向き(川に向かっていた)に建っていました。何百年もかけて四分の三周したことになりますね。





2013年09月19日(Thu)▲ページの先頭へ
面白いことになっている
雷門がいつもと違う・・・

なんだか薄っぺらに見える・・・


は?




改修工事ということで化粧直しのようです。

11月までこの状態なのだそうです。


2013年07月27日(Sat)▲ページの先頭へ
雷と花火
大変な花火大会になりました・・・・
参加されていた皆さんにはなんと言ってよいのやら・゜・(ノД`)・゜・


江戸通りも並木通りもこんなに人が座って待ちに待っていたのです・・・


おまわりさんも大忙し・・・


ただ・・・・

雷の一声で・・・

雨のひと叩きで・・・・

店の前も・・・


雷門前も・・・


蜘蛛の子ちらすとはよく言ったものですが・・・


帰りの電車たいへんだったろうなぁ。




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