●お寺と神社さまざまありますよ                 

お寺と神社




2017年07月01日(Sat)▲ページの先頭へ
浅草寺境内のお掃除
毎月朔日は浅草寺の掃除に出かける。

行ったりいかなかったりのずぼらな参加だが、去年からはパーフェクトだ。
夜の集まりは体がついていかないから意図的に避けているが、早朝の行事なら鶏より早く起きるTONとしては文字通り朝飯前なのだ。

子供が生まれる前からだから30年近く続けていることになる。

それに、観光寺の顔から本来の信仰の寺の顔を見せてくれるのもこの時間が一番。

ゆえに、苦痛でもなんでもなく続いている。



高村光雲作の沙竭羅竜王。

天井絵も含めて一級の美術品が手の届くところにある。天井には届かないけど・・・ね。










仲見世の装いも夏バージョンに衣替えした。


あ!そうそう。

雷門が改修中で無味乾燥なシートで囲っていたものが、突如として等身大の雷門絵が描かれたことはニュースにもなったらしいが、裏側を写真に収めようとしたところ、早朝から何処かの撮影班が通行止めをして近寄れなかった。

遠目に見ても裏側にも雷門の絵が描かれている。なかなかやるぅ。。。。



2017年05月01日(Mon)▲ページの先頭へ
戦績


毎月朔日の早朝は浅草寺のお掃除日としている。

浅草の商店主たちによるボランティアなのだが、改めて考えると30年近く続けていることになる。なるほど・・・みんな年輪が刻まれるわけだと神妙になった。

20年を超えて参拝してきた靖国神社もしばらく伺えていないが、境内のそこかしこに戦火を超えてきた足跡を見ることができ、心を新たにさせてもらえる。



満州から命かながら引き上げてこられた石ノ森章太郎氏の作になる親子地蔵。


境内を緑に覆う銀杏の木は空襲による傷跡が今でも色濃く残る。



空襲時に燃えた跡だがそんな中からも見事な枝ぶりを見せるまでになった。


足元は、こんなにも根っこを張り巡らし、命の強さを感じる。



新緑に映える境内は今がいい。




2017年04月19日(Wed)▲ページの先頭へ
駒形堂の大祭
今日4月19日は駒形堂の一年に一回の大祭です。

朝早くから準備していました。





しかし・・・春だというのに・・・なんという暑さ!

夏日の25℃なんてとっくに越えてしまっているように感じます。
春を通り越して初夏です。




2017年03月26日(Sun)▲ページの先頭へ
柴又に出かける。
何年ぶりだろう。

電車で来るのはふた桁ぶり?かも。

お客様のご自宅に仏壇修理の下見で伺った。
最近はお客様のご自宅に伺う機会がめっきり減ったのでたまに電車に乗るとわけもなく楽しい。

いつのまにか青砥発から高砂発になってしまった金町線に乗り換え向かう先は寅さんの舞台帝釈天で産湯を浸かりの柴又。

高砂の駅の変わりように驚きはしたけど、高架ホームから出た軌道は次の柴又駅までの間に普通の下町の風景の中に溶け込んでしまった。

浅草が下町下町とよく言われるが、柴又の下町とは全く異なる。

どうかすれば50年前の田無あたりの風景と重なる。

柴又の駅に降りるとその風景はまさにその通りだった。

駅内踏切の残る駅。


5、60年前にはどこでも見られた、隣のホームに渡るためには、踏切を渡らなければならなかった。

まさに昭和の駅。

駅前に出れば、寅さんをさくらが見送っていた。


柴又八幡宮。

古墳(円墳)の上に立つ神社という。
(ちなみに浅草寺も古墳の上に建つ)

柴股村を開墾された古の人に感謝する顕彰碑も境内に建つ。



お寺や神社の中はお宝でいっぱいで去りがたくなるのだ。。。

思いがけないよい出会いをさせていただいた気がする。

せっかくなので帝釈天にも。







2017年03月18日(Sat)▲ページの先頭へ
堂上げ

桜には早いけれど、風の通り道になる川沿いは寒い。



お寺の本堂内に神輿が入る。

世にも珍しい光景に映るだろう。

元はといえば、浅草神社は権現様。

浅草寺に祀られている観音様を私邸に祀られた篤信者。
それが一之宮の神輿である土師中知。

ちなみに土師氏の末裔は今の神社宮司が62代目である。





神輿の通り道の宝蔵門。
提灯は上げられている。


2017年03月09日(Thu)▲ページの先頭へ
もうすぐ浅草ルーツのお祭り


意外に、というか、やっぱりと言うか示現会を理解していらっしゃらない人は多い。


浅草の発展には浅草寺の存在は切っても切れない。

その浅草寺の始まりを知る人は地元にいても、「川で拾った観音様」程度にしか認識していない人も意外に多い。

三社祭りの勇壮さは感じても、お寺のお祭りと思っている人も多い。
(本来は間違いではないのだが、神仏が引き裂かれてしまった明治以降は神社のお祭りとなる)

大化の改新は虫五匹と覚えさせられたが、西暦645年よりさらに17年前、西暦628年(推古天皇36年)3月18日に今は隅田川となっているが当時は遠浅の海、江戸浦に漁に出た兄弟の漁師の網に何度もかかり引き上げられた不思議な人形(ひとがた)のものがある。
当時浅草一体を治めていた土師中知(はじのなかとも)に献上する。知識人の中知は観音像であることを理解し、その観音像を祀り帰依し、自邸を寺とした(私度僧)。



観音様の引き揚げられた記念すべき日、つまり示現された日を古式にのっとり祭りとしたのが示現会。

三社祭りは江戸時代末までは観音祭りと称して、神輿はもちろんだが山鉾の如き勇壮な山車も出た。2012年には船祭り・船渡御の再現も行われている。

旧暦を新暦に移した時に5月に変更された三社祭りだが、元々は3月18日がご縁日と覚えておいてもらいたいな。




2016年12月01日(Thu)▲ページの先頭へ
恵みの雨か・・・


毎月一日は早朝、浅草寺の朝のお勤めと境内の掃除。
一旦家に帰って仕切りなおして正装し靖国神社に向かい昇殿参拝することが日課と言うか月課なのだ。

が、清掃は本降りの雨に押切られて中止。
勤行が終わった後、仲間内でコーヒーを飲みながらの茶話会となり今年一年の反省会。のみとなり、締めのお参りと思っていた昇殿参拝も都合が付かず中止。

師走の靖国神社もなかなか風情があって、一人コツコツ歩いているのも頭が整理されて良いものなのだが。残念ながらその両方とも消化不良で終わってしまった。

ただ、いちょうは冷たい雨に呼応するように黄色を増して靖国境内のイチョウとリンクしているようだった。

故郷横浜の大通公園のイチョウ並木も画家の創作意欲を掻き立てるほどに、きっと美しさを増しているのだろう。

故郷愛に少々浸っているTONであった。


2016年10月25日(Tue)▲ページの先頭へ
越後国一の宮
機会があるうちに行かしてもらおうと、新潟まで足を伸ばした。

越後国一の宮、弥彦神社。
「ヤヒコ」とも呼ぶが、正式には「イヤヒコ」が正しい。

弥彦も彌彦のほうが趣がある。

ご祭神は天香山命「アマノカゴヤマノミコト」で天照太神の曾孫神にあたる。

天孫本紀には高倉下(たかくらじ)とも記され、和歌山県新宮市に住む。

神武天皇の勅命で、越の国を平定する。

先週伊勢神宮にお参りに行った折、神代の物語がやたらと詳しいバスガイドさんが延々と話をされ、越の国を治めに向かわれた話が妙に印象的だったのだ。

・・・という、なんとも不思議がつながりが今回の新潟行きに乗り気になった訳なのだ。





ヨウキタナ・・・狛犬の声が聞こえそうでしたよ。









弥彦神社の山を越えれば日本海。

視界には入らないが、この浜辺から天香山命は越国の第一歩を踏み出したのだという。






2015年12月19日(Sat)▲ページの先頭へ
駒形堂のお祭り
昨日は観音様の今年最後のお祭り日となる納の観音でした。
そして今日は、駒形橋際に建つ駒形堂でのお祭りです。

こちらも今年最後のご縁日なので、納めの馬頭観音というのだろうか・・・・と。しばい悩むTONでした。。。





青空で気持ち良いご縁日なれど寒風の中、多くの参拝の方がお見えになっていました。



2012年12月26日(Wed)▲ページの先頭へ
浅草神社


もう正月の装いです。

これから浅草はたいへんな混みようになります。
つかの間のひとときです。


2012年12月14日(Fri)▲ページの先頭へ
義士祭
仕入れに品川に行く。

泉岳寺の駅を降りると、ふだん静かな泉岳寺周辺がやたらと人の波が立っている。

なんだろう・・・・

今日は十二月十四日・・・・
カラッとした晴天の下では想像するのに難い環境ではあるが。
当時は旧暦の12月だろうから1ヶ月遅れと考えると確かに雪もふろうというものだろう。

そうかぁ。

赤穂浪士討ち入りの日だ。

その四十七士の行列を待つ人、出店に集まる人、その他の群集。
ごった返していた。











2012年11月05日(Mon)▲ページの先頭へ
浅草神社にて


2012年09月30日(Sun)▲ページの先頭へ
増上寺と東京タワー
個人的には、こっちのタワーが好き・・・・

ワクワクしてくる。


改めて眺めていると、
歴史のある増上寺に近接してよくもまぁ・・・

こんな高くて、赤白に塗り別けられた派手な鉄塔が建てられたもの・・・・
と、思わされる。

それだけにもし電波塔としての役目はスカイツリーに譲り、使命は終えたというのなら、土木遺産としてもとの流麗な美しい塔に戻して欲しいと思うのはTONだけだろうか。




2012年04月27日(Fri)▲ページの先頭へ
八重桜の絨毯
駒形堂の八重桜ももうピンクのじゅうたんを敷き詰める季節となりました。

早いですねぇ。。。







また来年もよろしくね。




2012年03月19日(Mon)▲ページの先頭へ
舟渡御当日
54年ぶりという舟渡御は誰もが始めての経験。
それだけに、どう舟に乗せ、降ろすのかが興味の中心でした。


この角度から宝蔵門の甍が丸見えになることはそうありません。


浅草寺を出た神様たちは、浅草寺外周を一巡りし、雷門前から右折し花川戸の上船場へ向かいます。

一行が30分遅れで雷門に到着しました。

一之宮が近づいてきました。
三社権現の幟(のぼり)は、神仏分離を愚策と考えるものとしては、うれしいものです。








吾妻橋上は人でぎっしり。割り込めません。


はなから舟への上船を確認したかったTONとしましては、ラッシュの橋上を横目に見ながら、小走りに上流に向かいました。

おっとっと・・・・
着いてみると花川戸の上船場も限りない人でごった返し状態。





淡々と上船は進んでいました。

一之宮は無事上船。

ここら辺から空模様が怪しくなり、ポツポツ。。。。ザーザー。。。。
傘を持たなかったTONは隣の人の傘の軒を借りてじっと待ちました。




雨が降っていなければ、もっと映えるのですが、龍神がつきまといますから、雨は避けられないでしょうね。


一行は船団を整えて。


写真提供K氏


写真提供K氏



写真提供K氏


写真提供のK氏とも話していましたが、本来なら和舟三艘にそれぞれ一之宮、二ノ宮、三之宮を鎮座していただき、土師中知の末裔、浜成の末裔、竹成の末裔がそれぞれに乗り込むと言うのが古式なのだけれど・・・

浚渫などの港湾作業に使う台船に三基まとめて乗せてかぁ・・・せめて和舟がよかったのにねなどと話してみたり企画者側の苦労をよそにしきりに話していたりでした。


専堂坊、斎藤坊、常音坊で仕切られてきた浅草寺三譜代の制度は惜しくも、近年消滅してしまったとはいえ、精神部分には、浅草繁栄の基を築いた、三柱の神様たちへの、先祖供養、孝養であり、先祖の高徳に対しての感謝の気持ちが内在したものが、三社祭りであるし、舟渡御であると思うのだけれど。。。

たんなる馬鹿騒ぎが祭りの姿だなど考えたくもない。

まさかまさか、単なる観光資源などと考えるものは、まさかいないとは思うのだけれど・・・・・




2012年03月18日(Sun)▲ページの先頭へ
朝の静けさの中で
朝一番に昨晩の堂上げの余韻を確かめに浅草寺本堂外陣に足を向けました。
隅田川をぐるっと一周してからですが。

本堂に入りました。
壮観です。
土師中知を真ん中に、浜成、竹成兄弟を左右にして鎮座いています。


観音様の篤信者第一号である土師中知を神輿に遷し、同座に鎮座する。
歴史を考えれば考えるほど感動ものです。


土師中知(一之宮)と観音様。
どんな対話をされているのでしょうか・・・



この風景、ふだんでは見られないのですが・・・・・

おわかりになりますか?




境内がやけにすっきりして見えませんか。


実は大香炉と賽銭箱が取り払われて(賽銭箱は作業中)います。


雷門の大提灯もこのとおり。

三社の時か台風の時でもないと見られない光景です。

三社祭りも台風並と言うことでしょうか・・・・

新門の若衆が作業中でした。



2012年03月17日(Sat)▲ページの先頭へ
浅草寺 堂上げ

夕刻、走って浅草寺に向かいました。
示現会のひとつの山場、堂上げの祭事です。

すでに冷たい雨の中人だかりが見えます。



でも・・・・

ちょっと少ないかなぁ。
4〜500名程度と言うところでしょうか。

ともあれ、浅草神社から御魂を遷された、神輿がおごそかに出発の準備を整え終わり、ざわつき始めていました。

一之宮つまり土師中知の御魂を乗せた神輿が見えます。



いったん、本堂下に三之宮までの三基が集合し、人力で堂内に持ち上げられるわけです。

残念ながら、今日はここまで。

後ろ髪を惹かれる思いで仕事に戻ったTONでした。






2012年01月05日(Thu)▲ページの先頭へ
早朝ぶらり
昨年の地震以降、膝を壊して早朝ランができないまま、新年を迎えてしまい
どうしてもあそこだけには行きたいとようやくジョギングシューズに足を入れた。






聖天様

朝日がようやく当たります。




浅草寺です。
本堂内のお賽銭は大変な区画をとっていました。





ご内陣は荘厳そのもの。







この時間だから静なのか・・・
4日だからそうなのか・・・・

う〜〜ん。

以前はどうだったかなぁ〜〜〜







2012年01月03日(Tue)▲ページの先頭へ
浅草ナウ
久しぶりに浅草寺の境内まで歩いてみた。

境内の雑踏はどうも苦手。商売人としては風上にも置けないかもしれないけど・・・・。

早足で歩けないし、埃が鼻をくすぐっていけない。
... わき道を通ろうとしても交通規制で塞がれているし・・・

雷門はこんな状態。
本堂まで1時間はゆうにかかるな・・・



側道はというと、逆行は禁止


途中からの入り込みも禁止。


よし、奥の手だということで猫道を・・・。
土地っ子の抜け道で難なく神社まで。



神社はさほど混んでいないし、お参りも楽。
なんでお寺ばかりに人は群がるの・・・




二天門から馬道へ出ようとすると。
ミュージアム前で獅子舞をいざこれからというところに出くわす。
ちょうど始まるところ。

ラッキー!

櫻川びんすけのかっぽれ一行だ。
いつもお世話になっている梅后流とは違うがここでお遭いできるとは。続きを読む




馬道はこのとおり。ちょうどよい。


馬道側から神社に出るほうが歩きやすい。




2011年12月01日(Thu)▲ページの先頭へ
靖国の杜
久しぶりに靖国神社に行きました。

通いなれた九段の駅から神社へのルートは、木々が紅葉し秋を充分に感じさせてくれましたが・・・・

鳥居に近づくと、

あれ?

まだ青々している銀杏の多いこと。




参道を歩くと尚更のこと実感です。






昇殿参拝の人は自分たちのグループの数人だけ。

本殿は薄暗く北風の吹きぬける寒々とした中でしたが、吹く風は、存分に暖かく迎えてくれる英霊たちの声のようでした。

いつものように遊就館に立ち寄り、改めて確認したかったコーナーだけ。
今日は時間がないのです。




2011年11月28日(Mon)▲ページの先頭へ
親鸞上人七百五十御遠忌
いつもはだだっ広い前庭に数台の車が駐車している印象の東京本願寺に出店が並ぶ。

念珠屋だったり、打敷屋だったり、お線香屋だったり、牛久のアケイデアに並ぶお店がこちらに出張販売に来ているのだろうか。

テントが並ぶと、案外狭く感じてしまう。




徳風幼稚園の園児さんたちだろうか。


そうでした。

今日は、親鸞聖人の御遠忌その日でありました。


浄土真宗の開祖・親鷲上人入寂
「善人なおもて往生をとぐ 況んや悪人をや」は『歎異抄』の有名な言葉。親鸞の妻帯は当時の仏教者としては異例で、周囲から非難され弾圧を受けた。しかし修行に専念し悟りを得て真宗を開き、民衆に広く教えを説いた。「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」 -- 今日すべきことはやり終えるよう全力で生きた親鷲は、1262年(弘長2)のこの日、享年90歳の大往生をとげた。




信徒ではないけれど、団参の方々にまぎれて本堂に入らせてもらう。

久しぶりの本堂内はひといきれでムンムンする様子。
さすがに真宗教団は、特に東本願派はその大谷派からの独立した歴史を経ているがゆえさらに結束がものを言うのだろうか。



二十六第 大谷光見法主の法話が始まった。

七百五十遠忌は今日で終了すること。終わりは即、始まりであることを冒頭語られた。
そしてTONは釘付けになった。

お話しの中にも、大谷派からの離脱(大谷騒動)のお話しが大分を占めていた。
http://www.honganji.or.jp/docs/about/history.shtml

その渦中で、本来なら京都のご本山におられるべき法統の主人公は、騒動の中、末寺をいくばくか従いて(たしか当初は40ヶ寺くらいではなかったか)、本山を追われて分離独立された。苦労された法主を父親に持ち、法統の継承者としてご苦労されてこられたのだろうなぁと思いつつ、話の中に引き込まれていた。



法話終了を待って、部外者と指摘される前に早々に退出させていただいた。

久しぶりに、本山の阿弥陀様を拝ませていただいた。




ここも仲見世
ただし、本願寺の仲見世ではありますが。




よく見ると、境内に人が多く出入りしている。

ちょっとよってみよう。




2011年11月07日(Mon)▲ページの先頭へ
旅の準備
ちょっと早いけど、お出かけ支度です
8日から搬出準備と予定していたのですが、本業が忙しく当日では作業ができないかもしれないと雲行きが怪しくなってきてしまったので、一日早くお出かけ支度に取り掛かることにしました。



浅草寺境内は菊花展の真っ最中です。


隣の神社に向かいます。



七五三の旗がなんだかかわいいですね。



御縁門のお腹の下に入って作業していると、新しい発見が幾つもありましたょ。


ふと見ると新しい発見。

踏まれているのに喜んでいる。
わが本分を得る・・・かな。


こんなにゃんこも、


こんなにゃんこも、




見えにくい所まで一生懸命、命を吹き込んだ形跡を感じました。


道中が長いので、養生しないと空中分解しかねないので、しっかりテーピングです。


お手手だけで600mのラップが消えました。



まるで怪我ニャンコみたいです。

作業中、参拝の方々から
「もういなくなっちゃうんですか?」

と残念がる声を何度も聞きました。

「猫島に行くんですよ」
と応えると、「あ〜〜」(ならばいいですね)と言いたげな反応をいただいて、猫島なら納得されるんだ・・・・
と、こちらも納得。


ということで、本日はここまで。


明日は朝の6時に作業です。
時間が取れないのでいつもながらこんな感じです。


浅草神社も残すところあと2日。

9日の夜には出発です。


2011年10月31日(Mon)▲ページの先頭へ
ここも・・・・

浅草周辺には興味深い建築物が多い。

ここもその一つ宗吾堂。

ここが宗吾堂だと知る人は意外に少ないし、宗吾堂そのものを知らない人も今の時代は案外多い。http://www17.ocn.ne.jp/~sougorei/
ここが、江戸時代堀田家の下屋敷があったことで、その敷地内にお堂が建立され祀られていたという。

戦後昭和28年に今の姿に再建されたと説明板に書かれていた。
ちょうど近くの雑貨店に買い物に行くと、宗吾堂の堂守の方と話す機会を得、3月の地震で被害を受けたことを初めて知った。

こんなに近いのに全く気にも留めなかった。



歌舞伎に縁のある宗吾霊堂ならではの門柱だ。





御影の玉垣がなぎ倒されている。

なんとかして欲しいニャー。










2011年10月30日(Sun)▲ページの先頭へ
善光寺


と言っても、こちらは甲斐善光寺。

甲府駅から程近く、武田信玄が川中島の戦で消失しないようにと、信濃善光寺の本尊や寺宝をことごとく移管して建てられたお寺です。

お仏壇のお届けの最中に久しぶりに寄ってみました。
善光寺と名をつけたお寺は各地にあるようですが(全国に119カ寺だそうですhttp://www.zenkojikai.com/gaiyo/index.html)、その中の三ヶ寺にご縁をいただいているのも楽しいものです。




2011年09月01日(Thu)▲ページの先頭へ
今日は防災の日
今日はどうしても東京慰霊堂まで走るつもりでいた。

朝から雨の天気予報は嬉しくもはずれたが、台風の影響でサウナのような湿度。

じっとしてても汗が滴り落ちる。膝が痛くなければ両国経由で行くところだったが、慰霊堂は今日という日を感じさせてくれるに充分なインパクトを与えてくれた。









鬼瓦のかわりに鳩が配置されている。

鳩も安心して寄ってきます。


鳩ならぬ・・・・



ここからもスカイツリー
蔵前橋からの遠望。






2011年08月27日(Sat)▲ページの先頭へ
浅草神社その後
浅草は隅田川花火大会。

昔は11時ごろまで店をあけていたのだけれど、最近は定時で終了。
人の波を見ると商売心がうずうずする。
けど、体力が持たない。

昼の間に町を見る。


交通規制がされて、機動隊やガードマンも相当数くり出しているし、バリケードで町は様変わり。人は道路に溢れているし、いっそ歩行者天国にしてしまえばいいのに。


さて・・・走りにくいところは避けて・・・・
そうだ猫(御縁門)はどうしているかな。

浅草神社に出かけることにした。

鳥居を過ぎると、
猿回しが奇声を発していた。


御縁門は・・・・

奥からじっと猿を見ている。



見物人も日ごとに多くなっているようですね。


もうちょっと奥まで入ってくださいね。(
猫の横をすり抜けて億です)

仲良し狛犬もパワースポットなんですから。




2011年08月18日(Thu)▲ページの先頭へ
ずっと続いていました。
浅草神社に奉納した大猫の御縁門



海外の方にも理解してもらおうと、
英文の説明文を追加しました。


「Happy cat」ということになりましたが・・・・
人の縁に触れていくということは、人として最大の幸せごとだものね。

そして、猫のサイドにも説明文。




うーん・・・・

理解してもらうには、こんなところかな・・・・

あ!そうだ。

ここを忘れないでくださいね。


パワースポットの仲良し狛犬。
御縁門のすぐ隣奥に鎮座しています。




2011年08月14日(Sun)▲ページの先頭へ
浅草神社にて
奉納させてもらった御縁門に説明板を取り付けに朝出向く。

ついで参りはいけないから神前には参拝しなかったが、人力車が止まって説明をしている。ちょうど絵になる。写真だけでもと思いパチリ。



なぁんだ。

うちの会員さんじゃないの・・・・





2011年08月12日(Fri)▲ページの先頭へ
御縁門その後
8月6日に奉納式を終えた御縁門。

招き猫の役目は果たしているのか・・・・


そっと木影から覗いているのです。




まあまあというところかな・・・・

ほっと胸を撫で下ろす里親です。




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