●つらつら雑記。TONちゃんの勝手な思いをつ

boo店長が、いつも考える、お客様のこと、浅草念珠堂のこと




2017年07月09日(Sun)▲ページの先頭へ
あ!


999万8000番台・・・

今日中に1000万名様のご来店ですな。


2006年からのブログ(日記は2004年から)積もり積もれば結構な量になります。


だれが1000万人目を踏んで下さるかはシステムがないのでわかりませんけど。

ありがとうございます。

そしてまだまだお付き合いくださいね。




2017年06月13日(Tue)▲ページの先頭へ
改めて・・・
改めてみる。

いろいろ訳あって念珠堂のEC(インターネットショップ)サイトを全て紙ベースに打ち出した。

これが1996年から20年続けてきたEC念珠堂の全てだ。

20年の中で商売抜きで多くの方に伝えたいテーマを事細かに調べ込んだもの。

確実にこの商品ならと思って制作したものも、チョイスしてきたものも、こうなったらいいなと夢を語ったもの、みごとに失敗作に終わったもの・・・一ページ一ページどれも愛着がある。

意地でも自分の手で積み上げてきた。

改めて見てみると、分厚いカタログだ。

なんと言ったらいいのだろう。

想いなぁ・・・・



2017年06月04日(Sun)▲ページの先頭へ
子供の目
TONの子供が小学生の時(もう一昔ではきかない)に、グループ研究で5〜6人の小さい記者たちが来店しお店のことについての取材を受けた。

子供の感受性は本当にすごい。

大人は経験値や因習というオブラートが邪魔してしまい、当たり障りのないことしかその目に映らなくなってしまっているようだが、子供は踏み込んでまっすぐに見る。だから楽しい。

そんな子供の目で見た念珠堂というのはこういうものだったらしい。

取材協力のご褒美に子供たちが研究発表に使用した当店の絵をいただいた。

当店の宝だ。



2017年05月05日(Fri)▲ページの先頭へ
つい遊んでしまう。
つい時間があると火をつけてしまう。
香りも大人しくて、清楚でいい。

が、今日の占い・・・戒めを見ようとする。のだ。








「働け働け」

のほうがTONには良いような気もする。




2017年04月16日(Sun)▲ページの先頭へ
タイムカプセル
ゴソゴソやっていたらムカ〜シの自転車教本がでてきました。

少ない情報しか手に入らない時代で、貪るように読んでは懸命に読み練習していたころのだ・・・。

おまけに国鉄時代の切符(車内清算用)がはさまっていました。





寝坊して練習試合に間に合わせるため電車でいったんだな。。。きっと。平塚にパンチされてました。


平塚競輪場に出かけた時のだ。きっと。

TONにとってのタイムカプセル・・・。


ちょっと思いに老ける。。。ふける。(。-_-。)

さて。




2017年04月04日(Tue)▲ページの先頭へ
伝える


あれ?


おや?


ほーーなるほど!!



ベニヤ板のぼくでもなんかしら伝えられるでしょ。

人はもっと心からのコミュニケーションじょうずなはずだよね。。。





2017年02月19日(Sun)▲ページの先頭へ
またレパートリーが増えるか。。。

お店の店員さんの趣味に付き合って、切り房をちょっと前に作った。

「出来合いの念珠の房を流用してもいいんだけど・・・」

と遠慮がちに言われると弱いTONなので、易々見抜かれた格好だけれど、こちらもやっていないと技が落ちるので乗っかった格好。

簪(カンザシ)を作るからヒラヒラする垂れ部分を作ってほしいと切り房の要領で一本作った。


これが出来合いの房だと、洗いが少ないのと、耐久性とを考えて、ひらひら感はない。
まして人権では皆無。

細めの糸を結込んで長めに作らないと、しんなりとはいかない。

で完成したのを渡したわけだが、どうなってくるのか少しばかり楽しみであった。



お!売り物?と見間違うほどのできに驚く。


副業にしようか・・・





2017年02月05日(Sun)▲ページの先頭へ
御朱印をいただくということ
そろそろ寒さもピークを迎えて・・・ということは、あとは寒さは緩むしかないということ。

梅の花もちらほらほころばせて、寒風の中にほんのりとした暖かさを漂わせてくれる。
房総では菜の花が見頃を迎えているというし、もう春。

どうりで、御朱印帳がよく出ると思った。

暖かくなると巡礼に足を運ぶ人が増える。

そろそろ出かける準備をしている人も多いようだ。


もちろん写経は忘れていらっしゃらないだろうと思う。


まさか・・・・

忘れていないだろう。


観音霊場を巡るなら番外を含めて34枚。

お四国なら89枚。

般若心経、観音経をきちんと写して(TONは十句観音経にしているが)それぞれを封筒にお入れして。

さ〜て、心の準備もこれで完了だ。



最近、上さんがテレビで放送されていた番組を見て驚いた!と話してくれた。


せっかく頂いた御朱印をネットオークションに出す輩がいると目玉が飛び出るほど驚いたということだった。

TONは聞いて噴飯もので、あやうくせっかく口に入れていたお菓子をポロリとするところだった。


ついにね・・・。
そうなっちゃっうか。

俗世に塗れるのも神様仏様のお仕事とおもうけど。。。。
信心がそこから芽生えるのならばそれも良しと思えば思えなくもないけど。。。。

TONには考えの範疇を超えたことには脳みそが拒絶しちゃうから話はそこまで。


富士山の頂上にヘリで降りて何が残るかな。。。

作務という概念は一生わからないだろうし、仕事の中に自らの成長の緒を見つけられない人なんだろうなぁ・・・

「物事の心、精神性がわからない」というこんな怖い天罰はないな。。。と思ったTONなのだ。




2017年01月07日(Sat)▲ページの先頭へ
初心・・・


お店を始めたころ店で働いてもらっていた子がおもしろい人で、当時はまだ珍しかったワインのソムリエを目指していたり、色を作らせると独特な感性で無駄を一切出さずにさまざまなレパートリーを披露してくれたりした。

「店長包めますか?」

と、きた。

商品を包むのなんて自慢じゃないが全くやったことがない。

あくまで、30年を優に超える当時はの話し。

おぼつかない手で、セロテープを駆使して包んでみた。

「違うんだなぁ・・・」

「仮留めのセロテープは使っちゃいけないの」

といって、初めの折り返しからフィニッシュまで一切セロテープを使わないで折りたたんで見せた。

ほ〜〜〜〜!

と思わずため息が出た。

彼女いわく「お客様が包装紙をあけるときに開けやすいように、止めシールを取ればパラパラって開いたらお客様に感動してもらえるでしょ。それに、包装紙を何かに使ってくださり易いようにするもんなのですよ」

今のデパートではあまり見かけなくなったが、古い時代のデパートの店員からも同じようなことを教わった。

お客様は気付くか気付かないかわからないようなことなのに・・・、
こんな細かなところに気づかいをする・・・・

そんなことが、包装している合間合間にふっと頭をよぎる。


暫くぶりに止めシール以外、仮止めテープを一切使わないで数十個包んでみた。
まだ、衰えていなかった。







2017年01月05日(Thu)▲ページの先頭へ
御朱印を頂こと
昨日ネットサーフィン(死語?)をしていると、あるサイトで御朱印をいただくことの説明文に

「有料のスタンプラリーです・・・」と説明していた。

ふざけんな。

間髪入れず頭に血が上った。

結果を重視する最近の社会現象と考えてしまえば気が楽になるのだが、こんな説明がまかり通っているのかと情けなくなった。

廻っていない方が更の心にこんな理屈が染み込んだり、巡った方がそうだそうだと納得していたとしたら、今の風潮に警笛を鳴らさなければならないと思う。

お世話になっているお寺から送られてくる布施本を読んでいるとこんな解説が書かれていた。
少し長いが引用したい。

Q&Aのコーナーで、
「御朱印集めに熱中している。どんなことに気をつけたらよいか?}
という質問への回答だった。

以前日本屈指の絵馬の収集家の方からこんなお話を伺いました。

「絵馬を集めている事を知ってご親切に旅行先から絵馬を送ってくださる方があります。しかし、私が絵馬を集めるのはお寺参りの手段であって目的ではないのです。どんな御本尊様や伽藍だったのか。その日の天候や季節、誰と一緒にお参りしたのかなどの情報が、一枚一枚の絵馬に全て込められています。ですから申し訳ないことですが、自分で授かった絵馬と他人から贈られた絵馬とでは、思い入れが違うのです」と。
御朱印はもともとは写経を奉納した証しで「御朱印帳」は「納経帳」ともいいます。そしてそこに押される御朱印はそのお寺の御本尊様そのものなのです。古くは切手や古銭などから、最近ではスマホゲームの中で入手して使えるアイテムまで人は他人の持っていないものを、自分だけ手にしたいという欲望を持っています。しかし、「求不得苦」(ぐふとくく)といって、求めて得られないときに、それは苦しみにつながります。御朱印集めは単なる収集ではありません。お寺参りのご縁を結んでくれる手段とし、たとえ対価は数百円でも大切に扱っていただきたいものです。

とあった。

「手段と目的」
「写経を奉納した証の書」
「お寺参りのご縁を結んでくれる手段」


これだけでも心の持ちようとその所作が変わるのではないかと思わされた。






2017年01月03日(Tue)▲ページの先頭へ
今年は。。。


大掃除している時に書棚から救出した。

久しぶりに開いてみる。

いや、なつかしい。って懐かしい時間的期間が過ぎてしまっていることに驚いた。

午年の御開帳に伺ったのだから・・・午・未・申・酉・・・うへ!
もう3年も前ということになるの。

30年ぶりに息を吹き返した自転車を担いで、西武秩父手前の横瀬に降りた。
手回り品切符も必要が無くなったことも知らず・・・多少往生したがそこはそれ、どうにか鷹揚がきくものだと思う。



二日かければ楽勝、帰りは自宅まで乗って帰ろうと思っていたのだが、30年サドルから離れていた身は身体の各所に支障をきたしていた。1番札所に向かう途中にショートカットしようと畦道に入れば足がもつれて田んぼに落下の洗礼を受けてのスタートとなる。

巡礼道の登戸タカをくくっていたら、2番札所真福寺への上りでアウト。くだりは下りでブレーキレバーってこんな重かったっけと己の体力低下を忘れてロードの調整不良を呪う。

なんのことはない、二日で満願の気も抜けて温泉に浸かって車上の人となる。


一つ一つ地図上を目でたどる。

やはり満願しないと・・・

ことしはやり残しを。ということが。あ!そうか自転車がダメなら二本足で走ってもいいんだった。




2016年12月31日(Sat)▲ページの先頭へ
今年もありがとうございました。


今年も多くのご来店を頂きましてありがとうございました。

来年も変わらぬご愛顧のほどをよろしくお願い申し上げます。


なお、元旦より通常営業をして皆様のご来店をお待ちしております。




2016年11月23日(Wed)▲ページの先頭へ
新嘗祭
「にいなめさい」。

と、聞いてわかる年代がだんだん少なくなっているのではないだろうか。

TONでも戦後教育を受けて育った立場上、今の人と大して変わらないと思うのだが、昭和一桁の親に育てられ、身の回りには明治生まれのじいちゃんばあちゃんに囲まれ可愛がられてきた身としては、「勤労感謝の日」というよりも、「新嘗祭」という言葉がしっくりくる。

新穀を皇祖はじめ神々にお供えになって,神恩を感謝された後,陛下自らもお召し上がりになる祭典この大祭は農耕を基本とする日本の意義深さを想い出させてくれる。

日本っていいなぁ。。。

とは言うものの、20代、30代、40代と力任せに遊びと仕事をしゃにむに活動していた時期には、親の教えはどこ吹く風で動き回っていたような気がする。

はてな、ところがどっこい50を過ぎたあたりから、勤労感謝というにはなにか釈然としない何かがひっかるようになってきたTONなのでありました。

死ぬまでに一度は天皇陛下と直にお会いしたいという思いも募るし、なんだろな・・・


そんなことをつらつらと仕事中に思い描くTONの本日、新嘗祭、勤労感謝の日なのでありました。


2016年11月20日(Sun)▲ページの先頭へ
一億三千万分の三

「TONさん」と背中で声がした。

ん?誰???

と、振り向くと大阪のSさんがニコニコしながら立っておられた。
オーラが眩しい。

あ〜〜〜〜驚いた。。。。

驚くにはそれ相応の理由があって、息子さんが小さい頃から空手を続けていて、全国大会にも出場するレベル。
武道好きのTONとしては、いつかオリンピック・・・。勝手に思い込んでいる。

行けたらいいなと思いつつもつい最近Sさん家族のことを考えていた。
タイムリーすぎるよ。


しかもお話をしていると、数年前にふとしたことから、世田谷に住むS師と縁があって交流させていただいているという。

弘法大師が市井にあって人々の救いに生きられたことを彷彿するS師ゆえ、まぁTONのこともお見通し。であろうから隠し事はしないし吐露させられちゃう。
そんなこんなで30年お付き合いさせていただいていた。

そんな二人が・・・
ということで。。。

え〜〜〜!だったのだ。

狭い国土とは言え、一億三千万人の住むこの国で、こんな形でご縁を持つようになったという。
でも不思議でも何でもないとTONは思っている。

神仏が介在しないでどうつながりようがあるというのだろうか。
想いはね、つながるようになっているんだね。

だからこそ、縁という接着剤は大切にしないとならないと思う。
怖いものでもあるから。




2016年11月09日(Wed)▲ページの先頭へ
そこまでやるの・・・
ネットショップの黎明期の頃はよくECの勉強会に行っていた。

講師の口からは「ネットで売れないものはないですよ」だった。
いけいけどんどんの機運が巻き起こっていた。・・・時代だったと思う。


価格競争の世界になってきていいものといけないもの、比較していいものと比較しきれないもの、を感じ始めたら、急速にEC万能論に不愉快さを感じてきてしまった。


二三日前、いつも覗いているSNS画面にネット広告として何やら不思議なものが表示されていた。
うす茶色のギザギザ頭の代物。
クリックしてみた。なんと!それは塔婆だった。

そう・・・。
回忌法要などのとき、お寺さんにお頼みしてお墓の後ろ辺りに建てる板状のものだ。
上のギザギザは、五輪塔と同じ三角丸四角が重なった塔、つまりストーパ(塔)のことなのだが、塔を建てることはたいへん御利益のあることであり、そのご利益を先祖に回向することであり、とても宗教的、まさに宗教行事そのものなのである。

それがネットに出る・・・。
材料はこんなもんだよ〜と誰の目にも晒される。

販売業者は記憶にある。お寺専門に納入していた。
お寺の集まりなどの時には、塔婆板を展示して販売しているのも見たことはある。



けど・・・なんで〇天に?


最近、お坊さんまでネットで注文するようになったのだからこれもありなのかもしれない。
とは思うものの五枚でなんぼと表示している。

普通ご供養でお塔婆を建てる場合、お寺の格にもよるけれど一霊位で3〜5千円というところか。

いいのかなぁ・・・

お塔婆なんて、いわゆるお寺のバックヤードじゃない。
現実に引き下ろす手の内を明かすようなもの。
というよりそこまで明らかにして良いものなのだろうか。

祈祷して魂を入れるとはまさしく宗教的儀式ゆえに原価は関係ないということなのであろうが・・・
原価を赤裸々にし現実に晒すことが、将来にどういう心理作用を起こすか・・・が、TONには気がかりなのだ。


冗談じゃない、うちのお寺はしっかりご祈祷しているよ。取り越し苦労はしなさんな。と、胸を張っておられればそれで良いのだが・・・




2016年11月07日(Mon)▲ページの先頭へ
思い出・・・とすべきか・・・
寒くて股引を探していたら、自転車競技をやってた時のが出てきた。
なんともなつかしーーー。

ピスト用だから背ポケットはついてないからロングランには使えないけど・・・

何より。。。

細くて着れない。。。。(^O^;)ハハハ・・・



2016年11月02日(Wed)▲ページの先頭へ
写経するということ


つい先日、高野山にお参りに行く機会を得た。

団体での行動だったので、伊勢神宮から始まり吉野古道などあちこち見て回ったあと最終日に、企画側が気を利かしてくれて高野山奥の院参拝にとなったのだ。

あいにく朱印帖を持たないでの旅行(見て回るが主)だったこともあって、お伊勢さんでも御朱印は頂かなかった。ついでまいりはダメ。と言い聞かされていたこともある。
青岸渡寺、高野山では気持ちも切り替えていた。だから御朱印を頂いても良かったのだが・・・

やはりいただけなかった。

写経を書いていなかった。

やはり頂けない。

巡礼には、写経を収めないと。TONのこだわりなのだから仕方ない。

だって納経のための巡礼でしょ。


ということで、今回頂いたのは、最後にお参りした彌彦神社のみということになのだ。




2016年10月30日(Sun)▲ページの先頭へ
今日は何の日・・・そうか。
10月30日。

んん・・・・・・?

何の日だったっけ。記憶の糸にひとつ結び目が有りながら、なんの結び目かがわからない。

毎日目にしているような気がするんだけれど。

は!





ここだ!


そうでした。

日本国民として忘れちゃならない教育勅語の発布された日なのでした。

母親は何十年たっても空で口にしていましたね。
終戦前の教育では実に当たり前の光景。

戦後GHQの占領政策で消えてしまいましたが、TONは今の世の中にこそ絶対必要だと思っています。

一度でも教育勅語を目にし読まれた人がどれだけいるでしょう。

その趣旨に有益差を認め、日本人から取り上げた米国が英文化し教育に用いられているというのですから・・・ね。
本家本元の日本が教育の精神的支柱をなくしたままでいいはずがない!ではないですか。

実にもったいない!と思うTONなのです。





2016年10月01日(Sat)▲ページの先頭へ
お朔
お朔

おついたちと読む。
子供の頃の大人たちはよくそう言って朔日を大切にした。

その午前中。

以前なら靖国神社に必ず向かっていた時間。
土曜日では抜けるに抜けられないこの頃である。
今年は2度しか九段の駅に降り立つことができなかった。

行けば必ず遊就館に立ち寄る。

そして、重爆特攻の新海希典戦隊長の写真に心を向けて帰ってくる。

新海氏とは直接の縁はないのだが、縁あって知り合うことの出来たM氏という重爆特攻の搭乗員だった方の上官で、M氏の特攻当日、戦隊の戦果確認機として飛び立ちながら自ら散華された。


新海という名には同姓の方で思い入れのある方がいた。
昔、会社を興すときに一人暮らしだった新海女史にあれこれと、心底面倒を見てもらった。
もし彼女がいなければ、今はないかもしれない。
鬼籍にはとっくに入ってしまっているが忘れたことはない。


そうかぁ・・・そんなこともあって縁を感じたのかもしれないな。
こうして今日の日記を書いていると思い当たってくる。

M氏ゆえにその名を知ってからは、遊就館はTONの必修コースとなった。


今度はいつ行けるだろう。


2016年09月14日(Wed)▲ページの先頭へ
ご先祖様もこうしていたのかしら・・・
三年以上も表でお客様に笑顔を振りまいている我が店の「ドラえもん提灯」です。

夏の暑さにもめげず、多少の雨にも耐えて・・・

でもお客様のいたずらには負けました。

爪で引っ掻かれて・・・・



あやうく四谷怪談のお化け提灯寸前の状態です。

おば九ちょうちんならまだしも、夢を贈るドラえもんですからね。

ということは、TONの手作業ということになるわけでありまして、昨日からしこしこ和紙を切っては糊をつけ穴を一つ一つ埋めて乾かし、埋めては乾かししながら今日に至りました。

TONのご先祖様も落ちぶれ士族、傘張り浪人をやっていたのかなと・・・昔取った杵柄でもちょっとやそっとの昔じゃなかろうに・・・・と。


とにかく完成です。
きれいになったでしょ。


2016年09月10日(Sat)▲ページの先頭へ
また・・・・冥府魔道・・・


手は常に動かしていないと忘れるもので・・・

またこんなのを作ってしまった。

頼まれたことにも由来するけど、しばらく多事に追われていると、手を動かさなくなる。

すると、仕事と直結していない結びはどうしても手の癖になっていないから頭で理屈をこね用とする。

すると冥府魔道の世界に足を・・・もとい、手を踏み入れて・・・もとい、組み入れてしまう。

人生の岐路にも似た感触がある。


頭であれこれ考えてしまい迷う時は、歌の文句じゃないが心の命ずるままに進むのがいい。
心は行く方向を知っているものだ。
あれこれ頭で考えると一歩を間違える。


職人の世界とどこか似ているなぁ・・・・




2016年08月30日(Tue)▲ページの先頭へ
ちょっとお遊び


華鬘結びでもよかったかもしれないけれど、こちらのほうがあっさりしていて良いように思い結んでみました。

なんだか良い感じです。


結びの文化。

日本っていいなぁ〜〜〜〜〜〜




2016年08月14日(Sun)▲ページの先頭へ
お盆が終われば・・・


浅草は忙しい・・・




2016年07月31日(Sun)▲ページの先頭へ
花火を見てて思ったこと
空は空でも花火のそらです。

以前は10時11時まで店を閉めれなかった頃もありました。
下手をすれば日にちが変わってしまう時も。
勇壮な花火がドンドン大きな音を立てているときは、人は空ばかり見ていて店はがらんとしてしまいます。

でも最後の打ち上げが終わる時間が近づくと
上ばかり見ていた人たちが、帰り支度を始め、涼みたい気持ちもあって店に立ち寄るようになります。
おかげで店はごった返していきます。
仏壇に縁のない若い人たちばかりですけどね。

でも・・・いつまでも若いわけじゃァないんです。
いつか僕らの業界のお客様になる。その時のために店を、商品を見せておきたいと思ったの。

だから、一円にもならない時間帯でも店を開けていたのです。

心の耕しは、今日明日に芽を出すわけではありません。

10年20年30年と年を重ねてようやく耕されていく。

そんな店のあり方がうちのお店だと思っていました。


今は定時になればシャッターを閉めます。
この差はなんなのかな・・・って時々自問自答します。







携帯の画像なのでこれが限界・・・



2016年07月30日(Sat)▲ページの先頭へ
神社もやりますねぇ・・・


友人が久しぶりに来店して立ち話。

これから戸越に行くのだそうでその前に立ち寄ってくれた。

M氏比較宗教ではちょっと学のある人。
最近はというよりだいぶ前から御朱印の研究を続けてきており目からウロコの事柄も結構聞き出せておもしろい。
「巡礼は1番から順番通りに回らなければならないのか」の質問にも明確に答えを出してくれている。困ると彼に質問を投げておくとボランティアで調べておいてくれるのだから有難い。

浅草に寄った目的はこれということで見せてくれたのがこれ。

隅田川花火大会バージョンの御朱印だとか。

浅草神社夏参りの時もその時の風物を移した御朱印を創作されて、今回もということになる。


なかなかのアイデアマンだなぁ〜。



2016年07月18日(Mon)▲ページの先頭へ
隅田川花火大会
東京のお盆が終われば、次に来るのは花火大会という順番になる。

今年は31日が都知事選に当たるので、30日が雨や強風であれば中止となってしまう。

一か八かではないがお盆行事の最後を締めくくる花火大会と思うと天に祈る気持ちなのだが、最近の花火大会の様子を見ていると、とても精霊流しと同列と呼ぶにふさわしい先祖の送り行事とは思えないわけで、そういうことからはTONは冷ややかに見ている。

浅草観光という観点のみの花火ならこれでいいのかもしれないが・・・・





2016年07月17日(Sun)▲ページの先頭へ
海の日
あすは海の日。


明治神宮のHPで確認すると以下のように海の日を説明している。



平成7年「国民の祝日に関する法律」(祝日法)が改正され、平成8年から7月20日の「海の日」は「海の恩恵に感謝し、海洋国家の繁栄を祝う」趣旨により祝日となりました。


 ところでなぜ、この日が選ばれたのでしょうか? 
 
 明治9年(1876)6月2日、明治天皇さまは東北・北海道御巡幸にお出かけになられました。埼玉・茨城・栃木・福島・宮城・岩手・青森の各県を御巡幸されたのち、7月16日青森から御召艦に御乗船され、函館を経由して20日横浜へ御帰着されたのでした。『明治天皇紀』によれば、3日間荒波のため動揺はなはだしく、遅れて夜の8時すぎに入港したそうですが、明治天皇さまは終始“端然”としておられ、港で待ち受けていた人々を安心させたそうです。

 これを記念して昭和16年に「海の記念日」が制定され、平成8年から「海の日」として祝日となったわけです。

 またこの時に御乗船された御召艦は、灯台巡視船「明治丸」です。明治6年に英国グラスゴーのネピア造船所に発注して、伊藤博文が「明治丸」と名付けました。8年2月横浜に回航され、その後灯台巡視船として活躍し、明治天皇さまの御巡幸に際しては東北・北海道御巡幸を初めとして数次にわたって御召艦となりました。


ここで大事なのが明治大帝が東北をご巡航なされて横浜に帰港された日ということを記念されての記念日ということなのである。


戦後生まれの者としては、この説明ではどうもピンと来なかったのだ。

で、よくよく考えてみると明治9年といえば戊辰戦争が明治2年5月18日箱館戦争終了に伴い終了してわずか7年の歳月。

東北といえば奥羽越列藩同盟の激しい戦いの余韻は決して消えていなかっただろうことは察することができる。
(ちなみにTON家のご先祖様も官軍を迎えて首を揚げた口なのだが脱線しそうなので省略)

ましてや賊軍の汚名を着せられ先祖伝来の土地を追われ津軽の未開地に入植させられた旧会津藩を筆頭とした諸藩の怨恨は東北の地に満ち満ちていたことだろうと察するのである。

明治大帝はその東北をご巡航なされたというのである。

さらに以下のように記載された文に出あうことができた。


出発は6月2日、馬車で福島から仙台、岩手、青森と北上、次いで明治丸で津軽海峡を渡り、函館を経て三陸沖を海路戻るというコースを辿る。
 この間、東北の人々は巡幸の先々で奉迎し、明治天皇は各地で開墾や産業の振興に尽くした功労者を労らわれている。
 郡山では、荒野を拓いて出来たばかりの桑野村まで分け入り、開拓者の苦労話に耳を傾けられ、金五万円を下賜された。
 弘前の「東奥義塾」では外国人教師による英語教育が行われていて、生徒10名が英語を披露。天皇はその進取の気象に感心され、ウェブスター辞書を買う代金にと一人につき金五円を下賜された。
 或る地方では、小学生が献上してくれた蛍一籠を嘉納され、岩手では太布半纏と呼ばれる農民の仕事着をお買い上げ遊ばされている。
 どの逸話も明治天皇の慈愛に満ちたもので、天皇と国民は正に君民一体であることを改めて痛感すると共に、東北の人々との間に親しく絆を結ぼうと努める明治天皇の面影が偲ばれる。
 この東北・北海道の巡幸を以て、戊辰の役での瞋恚は慰撫され逆賊も朝敵もなく、一切の蟠りも無くなったのだ。



とTONはこういう逸話がどこかに紹介されているだろうと予想したのだが、どこにも見つからない。
正しく知る事抜きで、この祝日の意義をどう理解できるのだろうか。

祝日は=休日としか考えられない。
いい大人がしめた!休みだ!としか捉えられない今の海の日はどうなのかなと考えてしまう。

歴史が連続していない。

自分が生きているという「今」と過去の出来事が別次元の絵そらごとになっている。
実感が伴わない。
いつか、民族の意義すら薄れていくのではと危惧してしまうのだ。。。


せめて、せめて、7月20日は7月20日でなければいけないんだと思う。





2016年07月15日(Fri)▲ページの先頭へ
父母恩重経というお経


念珠堂が所属している全国宗教用具協同組合から送られてきた。

TONはこのお経は弱いのである。

苦手というのではない。まじめに読むと胸と目頭が熱くなってしまいすぎるのである。

何十年も前に仕事中、不用意に読み上げていると、その・・・なんというか涙が吹き出して止まらなくなり、実にバツが悪くなった出来事があった。

ご存知のように、「父母恩重経」は親子の縁を説いたものだ。

正式には仏説とつくが、偽経である。

お釈迦様から伝わったものというのではなく、仏教が中国に伝わったおり、お釈迦様ならこういう考えをなさるだろうとの意を汲んで創作された、中国生まれのお経ということになる。
儒教の考えるところが盛り込まれていて日本人の肌に合うように感じる。

正倉院の蔵書の中にすでに含まれているという。

そうした背景を考えることを横に置いて一度でも良いから、できれば毎日でも読み上げてもらいたいお経の一つだ。自分のことはさておいて・・・だが。

<略>
一切の善男子、善女人よ、父に慈恩有り、母に悲恩あり。そのゆえは、人のこの世に生まるるは、宿業を因として父母を縁とせり。父にあらざれば生ぜず、母にあらざれば育てられず、ここを以て氣を父の胤に稟けて形を母の胎に託す。此の因縁を以ての故に、悲母の子を想うこと世間に比(たぐ)いあることなく、其の恩未形に及べり。
始め胎に受けしより十月を経(ふ)るの間、行、住、座、臥ともに、もろもろの苦悩を受く。苦悩休む時なきが故に、常に好める飲食(おんじき)衣服(えぶく)を得るも、愛欲の念を生ぜず、唯だ一心に安く生産せんことを思う。

月満ち日足りて生産の時至れば業風吹きて之れを促し、骨節ことごとく痛み、汗膏(あせあぶら)ともに流れてその苦しみ耐えがたし。父も心身戦き(おののき)怖れて母と子を憂念し、諸親眷属(けんぞく)皆なことごとく苦悩す。既に生まれて草上に堕つれば、父母の喜び限りなきことなお貧女の如意珠を得たるが如し。その子聲(こえ)を発すれば、母も初めてこの世に生まれ出でたるが如し。

爾来(それより)母の懐を寝どことなし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情けを命となす。飢えたるとき食を需(もと)むるに母にあらざれば哺(くら)わず、渇けるとき飲料を索むるに母にあらざれば咽まず、寒きとき服を加うるに母にあらざれば着ず、暑いとき衣を攢(さ)るに母にあらざれば脱がず、母飢にあたるときも哺めるを吐きて子に食らわしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被らす。母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず、その闌車(らんしゃ)を離るるに及べば、十指の甲(つめ)の中に子の不浄を食ふ。計るに人々母の乳を飲むこと一百八十斛(こく)となす。
            
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。母、東西の隣里に雇われて、或いは水汲み、或い火焼き、或いは碓つき、或いはうす挽き、種々のことに服従して家に還るの時、未だ至らざるに、今や吾が子、吾が家に啼(な)き哭びて吾をこい慕はんと思い起こせば、胸さわぎ心驚き両乳流れ出て、忍び堪ゆること能わず。乃(すなわ)ち去りて家に還る。児遥に母の帰るをみて、闌車の中に在れば、即ち頭を動かしうなづきを弄し、外にあれば即ちはらばいして出で来りそらなきして母に向う・・・・<略>

少し長かったですが引用しました。

こうして書き写しているだけでも、幼少時代のTONの姿とダブってきてまさしく走馬灯。
片親だったことで人一倍親の寵愛を受けたのかもしれないが思い当たる節節だらけなのだ。

同時に自分が親になる側に立ち、子供を産み育てる中での情景が見事に浮かび上がってくるわけで、主客を交代しての目線で考えさせられる。

経はこのあと子供の成長とともに親子の(あくまでも子の側の不幸だが)隙間を謳うのである。

ちなみに斛は昔の容量の単位で一斛=180リットルということだから、180L/斛×180斛=32400リットル ということか・・・それほど血液(乳)を吸いつくしているわけだよね。


一度目を通してほしいな。




2016年07月03日(Sun)▲ページの先頭へ
ネックレスの修理



おかげさまで、念珠直しは引きも切らず、看板も出していないというのに、どちらからか情報を得て、わざわざ店を探されてご来店いただくお客さまがいらしゃいます。

で、おもむろに取り出されるのが、ネックレス。

ということもしばしば遭遇する。

わざわざいらしていただきながら、「できません」では話にならない。

できないという言葉は技術を売るものには禁句の何者でもないのだ。

今はなんでもない作業だが、インターネットのない時代よりはるかに昔は、直し方もそのパーツそのものも、どこに行ったらよいかわからない時代があったのも事実なのだ。

念珠業界ではない宝飾業界の職人のところに聞きに行き、渋る職人に教えを請い、盗み覚えてきては(もちろん手に手を取って教えてくれはしないからね)一つ一つ思い出し(ビデオもない時代だもの)試しながら完成させていった。

本当に面白い時代だった。

ネックレスの修理もテグスやワイヤーを使う方法と真珠をつなぐ糸の通し方は全く違うし、そればかり制作している職人には石を拾うスピードではとてもかなわないが、その道の中では気づきにくいウィークポイントが見えてくるもので、むしろ丁寧に作れる自信を持てるところまでは行っているつもりだ。


ということでしばらくぶりにネックレスの修理をさせてもらった。



2016年06月30日(Thu)▲ページの先頭へ
何屋の会話?
ワンカップはあるの?

焼酎は?

メロンはいくつ?

ラムネは何本・・・・・・

と、まぁこんなところ。

はい。TONの店は仏具屋です。

店員同士が在庫確認をしているのを聞いていたら・・・・そんな思いになっただけ。










1 2 3 4 5 6 7 8 9 10    全300件




   念珠コーナー

    魅惑の仏像

    香りの部屋

    巡礼コーナー

    写経のすすめ






雷門一之宮商店会


雷門一之宮商店会・日々是好日




カレンダ
2017年8月
   
19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

アーカイブ
2006年 (250)
5月 (15)
6月 (33)
7月 (35)
8月 (33)
9月 (34)
10月 (30)
11月 (22)
12月 (48)
2007年 (791)
1月 (51)
2月 (32)
3月 (37)
4月 (35)
5月 (48)
6月 (91)
7月 (101)
8月 (100)
9月 (91)
10月 (82)
11月 (58)
12月 (65)
2008年 (1179)
1月 (80)
2月 (87)
3月 (91)
4月 (77)
5月 (96)
6月 (93)
7月 (104)
8月 (124)
9月 (96)
10月 (95)
11月 (125)
12月 (111)
2009年 (1444)
1月 (113)
2月 (147)
3月 (189)
4月 (137)
5月 (125)
6月 (83)
7月 (115)
8月 (112)
9月 (93)
10月 (99)
11月 (104)
12月 (127)
2010年 (1328)
1月 (106)
2月 (101)
3月 (96)
4月 (107)
5月 (138)
6月 (150)
7月 (127)
8月 (110)
9月 (92)
10月 (87)
11月 (124)
12月 (90)
2011年 (1014)
1月 (97)
2月 (86)
3月 (96)
4月 (65)
5月 (89)
6月 (72)
7月 (88)
8月 (73)
9月 (73)
10月 (80)
11月 (95)
12月 (100)
2012年 (835)
1月 (85)
2月 (71)
3月 (72)
4月 (82)
5月 (82)
6月 (63)
7月 (69)
8月 (78)
9月 (58)
10月 (48)
11月 (53)
12月 (74)
2013年 (814)
1月 (69)
2月 (74)
3月 (87)
4月 (90)
5月 (79)
6月 (64)
7月 (77)
8月 (65)
9月 (46)
10月 (58)
11月 (52)
12月 (53)
2014年 (498)
1月 (49)
2月 (38)
3月 (45)
4月 (39)
5月 (38)
6月 (37)
7月 (39)
8月 (37)
9月 (41)
10月 (46)
11月 (42)
12月 (47)
2015年 (512)
1月 (50)
2月 (38)
3月 (46)
4月 (44)
5月 (52)
6月 (41)
7月 (46)
8月 (43)
9月 (38)
10月 (39)
11月 (36)
12月 (39)
2016年 (463)
1月 (35)
2月 (34)
3月 (40)
4月 (48)
5月 (37)
6月 (38)
7月 (39)
8月 (37)
9月 (44)
10月 (32)
11月 (37)
12月 (42)
2017年 (292)
1月 (39)
2月 (38)
3月 (42)
4月 (39)
5月 (38)
6月 (38)
7月 (32)
8月 (26)

アクセスカウンタ
今日:6,535
昨日:5,303
累計:10,213,097