TONちゃん日記 - 2011/04






2011年04月30日(Sat)▲ページの先頭へ
浅草のそら



もう・・・たいへん
念珠のお直しをしていて、一番困るのがこれ。

人絹の糸を使用した紫色はとにかく色落ちする。
すぐに、いいものかそうでないかが判別付いてしまう。

落ちた染料は皮膚を染め、爪を染めていく。

これが落ちないのなんのって・・・
糸からは色落ちするのに、皮膚からは色落ちしない・・・
皮膚は天然素材だからかな・・・


子供の頃は、爪の中を真っ黒にしていて、よく親に怒られたものだ。
大人になって怒ってくれる人は、いなくなったけれど、「このおじさん気持ち悪る」って後ずさりされてお終いだろう。


さ・・・

石鹸とたわしでゴシゴシ、どこまで落ちるかなぁ・・・





2011年04月29日(Fri)▲ページの先頭へ
飯縄権現
柘の飯縄権現。

できました。




ゴールデンウィーク
連休初日。

静かだった雷門前もそれらしい喧騒さを若干取り戻してきている。

が、外人はさすがに数えるほどしか見当たらない。





スカイツリーは、青い空をバックにするとより映えるなあ。






浅草のそら




2011年04月28日(Thu)▲ページの先頭へ
浅草のそら




2011年04月27日(Wed)▲ページの先頭へ
好い加減にしろよ
温厚なTONでも頭に血が上っちゃう!

毎月第一日曜日に商店会メンバーで通りを一斉清掃をして、吐き捨てられたガムの黒丸をクリーニング機械でもって綺麗に剥がす。

で、午後になると新黒丸が道に汚点を残す。

二日もすれば、そこここにグリーン丸、しろ丸と印が付く。




夏場が近づくから、こうなる。



捨てる現場を見ていないからね・・・

申し訳ないけど外人かと思っていたのだが・・・
幸か不幸か、ここ最近は外人さんは全く通らない。

∴ 日本人にこういう不行き届きがいるのか・・・


ガム会社の皆様こういう現実知ってますか・・・




浅草のそら




2011年04月26日(Tue)▲ページの先頭へ




ブルートパーズ








水晶切子+茶水晶




水晶揃え切子




TON青春の1ページ
TONにも若いときがあったのであります。

仲間でキャンプに行った時、テントごとで出し物をということになり、余興で何をやるか相談の結果、「年下の男の子」をやろうじゃないかと相成ったわけ。

キャンディーズが世に生まれた時から知ってはいたけれど、まさか振り付け指導を受けて自分が踊らされようとは思ってもみなかったわけで、そんなことがファンのきっかけだから、ずいぶんとなる。
とにかく解散以降も時を過ぎても色あせない姿に同世代の清酒の象徴があるというのはなんとも心強いものだった。

母親の世代が、美空ひばりや大川橋蔵を青春の偶像と見る向きもわかるし、そこに青春を重ねあわす気持ちも痛いくらい理解できる。

そうした意味では、スターと言うのは、本人には申し訳ないが、社会的責任が公私にかかわらず付いて回ると思える。

スーちゃんの病床でのメッセージを聞いて、心に沁みた。
自分の病床にあっても、他の不幸をわずかでもぬぐえる手段として自分を鼓舞しようとする情熱に頭が下る。
一ファンであったことと同時代をともに生きたというありがたさを感じさせられた。


以下がその全文。

「こんにちは、田中好子です。
きょうは3月29日、東日本大震災から2週間経ちました。
被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。

私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。
でもその時は必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
それが私のつとめと思っています。

今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。
キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。
幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。
特に蘭さん、美樹さんありがとう。2人が大好きでした。
映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。
もっともっと女優を続けたかった。
お礼の言葉をいつまでもいつまでもみなさまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。
いつの日か、妹・夏目雅子のように、支えて下さった皆様に、社会に、少しでも恩返しできるように復活したいと思っています。
かずさんよろしくね。その日までさようなら。」





浅草のそら




2011年04月25日(Mon)▲ページの先頭へ
ようやく
昨日に引き続き、久々に、

ようやく・・・

ようやくお客様にお買い上げいただく商品構成が戻ってきた。

昨日はお客様のことについて

今日はそのお客様がお買い求めいただくお品物についての話。

地震が起きてからというもの、丸一週間は日々片手で数えるほどの人数にご来店数が落ち込んだ。まてど暮らせど道を人が通らないのだから・・・
町に人影が見られなくなったのだから・・・
どうしようもない。手の内用がないとはこのことかと思った。

そこに追い討ちをかけるように計画停電が始まる。

当初は電車もストップしてしまうのだから、観光地に人が出るはずはない。

どうしようもない思いに至ったころ、ローソクがとにかく出始めた。
被災地に送るつもりで用意していたけれど、ローソクは使わないで下さいとマスコミでさかんに報道しているものだから、躊躇して出しそびれてしまった。

計画停電が解除されるまで、ほぼローソクの売り上げのみとなった。

ほかの商品にはまったく手も口も出ない。

用途はもちろん停電に備えての灯り用である。
実用品として一歩も出ない。

念珠の仕立も仏具の話も何も出ない。なんとも手持ち無沙汰。

ようやく先週辺りから、変化してきた。

宗教用具としての本来の商品に嗜好が移ってきたのは多少の光明が見えてきた。

でもね・・・

震災で流された被災地の映像の仲に泥だらけの仏壇の姿を見ると、今でも飛んで行きたい衝動に駆られるTONなのだ。

「おじいちゃんのお位牌がまだ見つからない」なんてインタビューを聞くと涙が出る。

おいらにできることはないのか・・・暗中模索の毎日だ。





浅草のそら




2011年04月24日(Sun)▲ページの先頭へ
久々に
ようやく中国語を店内で耳にした。

3月11日の地震から43日目にして最初の一組だった。
いや二組・・・三組と中国の言葉が店内を席巻した。


地震後、殆どの外国人が退去してしまい、マスコミの発表では50%減とか、70%減とか・・・
そんな数字を発表していたが、いやいやそんな甘い数字ではなかった。

99%減。
あきらかに外人の姿は浅草の町中から消えた。
行きかう人は、みな東洋人の顔をした日本人ばかりとなった。

逆縁とでもいうのだろうか裸の浅草が僕ら浅草の人間に、こうだと突きつけられた形となった。
ここに来られる日本人の実数がよくわかった。


地震前は国際色豊かで、日本人かと思っても中国、台湾、韓国、ベトナム、シンガポール・・・もちろん西洋人は見間違うはずはないが、どれほど多かったことか、今にして思えば、たいへんなものだったとしか言いようがない。

地震、原発というフィルターがかけられたとたん、実相が見えてきて、いかに浅草が国際観光都市の一端をになっていたかをおかしなもので充分理解させてもらえた。

あって当然なんてなにもないんだ・・・
積み重ねがあって、努力があって、町も形成されてきた。
先人の苦労の上に、自分たちの生活が成り立っている。

今を教えられている気がする。




浅草のそら




2011年04月23日(Sat)▲ページの先頭へ
ムクロジュ
古い玉と言うことだったが、ムクロジュの玉への羅漢彫りなど、めったに今はお目にかからない。






見難いけれど、しっかり羅漢が彫られている。

ムクロジュの実はさんざん扱ってきただけにあの薄い表皮に彫り込む難しさナカナカのものと拝察した。


ムクロジュは、釈尊生存中、マカダ国の国難にムクロジュの実108玉をつないで念珠とし、国民が一心に祈れば国難から免れると説いた功徳ある実。




浅草のそら




2011年04月22日(Fri)▲ページの先頭へ
ちょっとぶらぶら
先月の地震で壊れてしまった仏壇を引取りに浅草5丁目(吉原に近い)までキャスターをコロコロ押しながら行ってきた。こういう目線に立つと車や自転車ではなかな見えない町が見えてくる。

お客様の家の近くで。

「ぞうさん」なんて読みそうになる。
これは以前はこの付近が象潟(きさかた)町と呼ばれていた名残なのである。その「象」であってけっしてぞうさんがいたわけではない。


浅草寺の北側に位置する由緒ある町名だった。

昭和39〜41年の町名再編の嵐にあい、江戸時代から中にはさらに古い地名が消えた。
浅草猿若町、浅草馬道町、浅草七軒町、材木町、並木町、茶屋町、金杉町、光月町、龍泉寺町、黒門町・・・etc.etc.などなどなのである。

こんなところにしか古い歴史のある町名は残っていないのは実に寂しいものだと思う同時に「まだまだ!どっこい生きているぞ」と自己顕示しているようで、頼もしくもあるのだ。

話は逸れるが、僕の頭の中はロシアとソ連がごっちゃになっている。
青春期までロシアの国名はせいぜい日露戦争に登場するくらいで、「ロスケ」が・・・なんて口走るご老人たちには、今は「ソ連」ていうんだよと、いちいち突っかかっていた。
年寄りはこれだから・・・と、内心思いながら教えていたわけで、まさかまさか、使い慣れていたソ連の国名がロシアに戻ろうと誰が考えただろうか。

ソ連の崩壊時、わざわざ古い国名を持ち出そうとする国民感情には、その国名に民族のアイデンティティーがあり、血のルーツがあるのだろうと思えてならない。
その名の下に一つになろうとする国民感情があったのだろうと推察する。

町名に置き換えれば、故郷を愛する根底に郷里への同郷心があろう。
その名が生まれ、伝えられてきた歴史はいかんともしがたい。
何丁目何番地は識別の記号としてあっても、心のベクトルにはならない。

雷門二丁目と言われるより浅草材木町。浅草三丁目と言われるより浅草猿若町と読んだほうがぐっと来るもの。

国の名まで変わった時代なのだから、

町の名が元に戻るなどわけないではないか。
しかも由緒歴史ある名称が復活しておかしいはずなど。と思うのはTONだけではなかろう・・・





ちょっとぶらぶら2


まだ水煙の上の玉はおとしたままね。
心棒は曲がっていました。

鯉のぼりが元気良くて勇気付けられます。


五重塔院の下に眼を移すと・・・

なにやらインタビュー中


アメリカ人?のクルー?どこだろう


浅草のそら




2011年04月21日(Thu)▲ページの先頭へ
義援金
なかとも君が、雨の日も風の日も毎日がんばって集めてくれた義援金です。

今日、社会福祉協議会から預かり状が届きました。




いつもの協議会の募金ならば、半年くらいで集まるような額。
それがわずか一ヶ月で・・・


関心の高さを感じます。

それだけにまた、責任も感じるけれど・・・

まだまだ終息しない被災地の状況を考えると、
これからも息の長い募金活動が求められている気がします。


なかとも君がんばろうね!

みなさま、浅草においでの際は、なかとも君の頭をなでなでしてあげてくださいね。

そして・・・
募金もわすれないでね。





頂戴しました
思いがけない来訪でご縁をいただいた。

当店でも置いていただけないかと問われたのだが、販売できる自信がなくて今回はお断りするしかなかった。
ただ、すこぶる興味があったので、図々しくも1冊わけていただきたいとお願いすると次の日には手元に届いた。

なかなかの力作だった。
1800円は安い買い物と思わされる。



手元に全国の巡礼の資料がある。
すでに歩く人もいないような霊場もあり、総数を見ると脅威を感じる。

日本の人々の心に住む・・・住んでいたというのが正しい表現なのか・・・
信仰心が形となったものと思うと凄まじいばかりの信仰心に培った日本と言うことになる。

今、こうして徐々に身近な霊場が粋を吹き返してくることに、一条の光明を見、感じるのは、けっして自分だけではないだろう。





浅草のそら




2011年04月20日(Wed)▲ページの先頭へ
浅草のそら




2011年04月19日(Tue)▲ページの先頭へ
想定外
僕が土木技術者の卵のころ、何度も壁にぶち当たっては激論になっていたことがあった。

どんな激論かと言えば、例えば川なら川の護岸を設計するとき、どの程度の川の断面にし、どれくらいの河床勾配に持っていけば、河水は安全に流れるか、そのために川の流域面積を計算し、都市部や山間部で変化する流出係数を決め、最終的に断面を決定していく。

そのときには過去の災害を紐解いて考慮していくわけだが、その段階で、災害規模を30年に一度なのか50年に一度なのか、100年に一度なのか考えて安全率を出していく。

その安全率のとりかたが新米技術者には、最大公約数的な取り方ができないのだ。
ついぞ「安全なほうが良いに決まっている」

そう独り決めして、基礎設計をしてしまう。

すると、先輩から「なにやってるんだ!」となる。
「何故ですかとなる」
まったく言うことを聞かないから、それを聞いていた上司からダメだしがくる。

「西ちゃんそうはいかないでしょ」「何円かかるの?」

若気の至りで、勝てないと薄々思っても、はむかう。

「人の命とお金とどちらが大事なんですか」
とやるから埒が明かなくなる。

今思うと、技術屋は最高のものを造りたいんだよね。
先輩も上司たちも。

最期は、「今は暫定値でも全体を完成させるのが優先なのだ」
で、議論は納得いかないまま終息させられる。
でも暫定値は、いつか納得値になっていくのがおちなのだ。

技術屋は、いつも理想論と経済効率論とのギャップに鬩ぎあう。



「想定外」と言う言葉を聞くと、いつも当時の激論が思い出される。


「想定外」なんて実はない。
予想はしていたけど、できませんでしたと言うべきなのだと。


だから設計強度をしっかりと表に出して、それを越える天災が起きた場合の対策をしっかりマニュアル化し、日頃から浸透させておかなければならないのだ。

それを怠っていたのだと。

少なくとも。技術屋なら。




でっか!
夏の雲かと思うほどの入道雲がモクモク。

慌てて携帯(カメラ)を取りにもどった。

思わず空に向けて、パチリ。


熊本は雹が降ったと友人が教えてくれた。

人心が落ち着かないと天候まで落ち着かないのか・・・






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